2014/08/11

第4冊 偉人の父は、エラい奴だった 『夢酔独言』勝小吉


夢酔独言 勝 小吉

素行真っ黒のバイオレンス御家人

おれほどの馬鹿な者は世の中にあんまり有るまいとおもふ。
故に孫やひこのために、はなしてきかせるが、能能不法もの、
馬鹿者のいましめにするがいゝぜ
あの勝海舟の父親の自叙伝が上のような序から始まるので、
どんな説教臭い話になってしまうのか、と思ったら、 さにあらず。

色んな方の自叙伝を読みましたが、これは間違いなく
トップクラスに面白いです。

前半を駆け足でざっと紹介してみましょうか。

幼い頃から暴れん坊で、強情で、わがまま。
7歳にして数十人の子どもを相手に脇差しを
持ち出して大げんか、14歳にして家の金を
ちょろまかして出奔、その金を盗まれても
乞食をしながら乗り切り、18歳の頃には
かなりの剣の腕を誇り、剣術の他流試合の
コーディネーターをつとめるも、日々喧嘩に
あけくれ、狼藉が過ぎたために21歳で実父に
座敷牢に叩き込まれ……。

ちなみに、勝海舟(幼名・麟太郎)は、小吉
が座敷牢に入獄している間に生まれています。

そんじょそこらの犯罪小説はだしです。
ひどい。

喧嘩喧嘩に盗みはするし、借金だらけなのに
手元にお金があれば吉原で散財するし、でも
金には困っているから物売りでも刀剣ブローカーでも
用心棒でもやるし、だけどやっぱりお金があると
周りにも気前よく振る舞ってしまう。とはいえ、
だからこそ、周囲からの信望は厚かったりもする……。

それらのことを、ことも無げに淡々と書いています。
このさらりとした筆致が、たまらなく面白い。

例えば、素行が悪すぎて36歳のときに、怒り心頭の
兄に「パワーアップ版・二重囲いの自家製座敷牢」に
入れられそうになったときのこと。

「入れられたくなかったら、改心しろ」と何とか仲裁
しようとする姉に対して、「死ぬ覚悟で来たから
すぐ牢に入れてくれ」と逆に迫る勢い。扱いに
困った姉から「一先(ひとまず)内へ帰れ」と
言われて帰ったのち……以下のように記してあります。


夜五ツ(午後8時頃)時分じぶんまで呼に
来るかと待っていたが、一向う沙汰がないから、
其晩は吉原へ行って翌日帰った。



座敷牢に入れられる方向に話が進んでいるというのに、
その沙汰をしばらく待って「一向う沙汰がないから、
其晩は吉原へ行って翌日帰った」とサッパリしたものです。


全編、こんな調子です。


善し悪しはともかくとして、ここまで人目を
はばからず、したいように生きて、いつ死んでも
いいと思っているような生き様は、「凄い」と
思ってしまいます。


でも息子思い、だけどさ。


こんな父親でさぞや勝海舟も大変だったろうとは
思いますが、勝海舟、当時9歳が犬に睾丸を
かまれて生死の境をさまよったときのくだりには、
息子を深く愛していた、ということを示す行動も書かれています。

篠田と云う外科を地主が呼んで頼んだから 傷口を
縫ったが 医者が振えているから俺が刀を抜て枕元へ
立て置て りきんだから、息子が少しも泣かなかった故、
漸々縫って仕舞ったから容子を聞いたら、
「命は今晩にも受け合は出来ぬ」 と云ったから、内中の
やつは泣いて計りいる故、思うさま小言を云って叩き散らして、
其晩から水を浴びて金比羅へ毎晩裸参りをして祈った。
始終俺が抱いて寝て外の者には手を付させぬ。毎晩々々暴れ散らしたらば、
近所の者が、「今度 岡野様へ来た剣術遣いは、子を犬に喰われて気が違った」
 と云いおった位だが、到頭 傷も直り七十日目に床を放れた。
夫から今になんともないから、病人は看病が肝心だよ。

えーと……はい。
金比羅へ毎晩裸参り」とか「始終俺が抱いて……」 とか
息子思いな感じですね。

でもちゃんと「毎晩々々暴れ散らし」てます。
さすがです。
ぶれません。

で、それも例によってさらりと書いて、最後は
病人は看病が肝心だよ」となんだかいい話ふうに
しめくくっています。

序に「馬鹿者のいましめにするがいゝぜ」と書いているわりに、
悪行をはたらいたときの記述に対してほぼ全く悪びれた感じがない、
この「お前実は自慢したいだけだろ」とか「本当に反省してんのかよ」
と読者に思わせる絶妙な筆致が、本書の最大の魅力であります。

下手な自己啓発本を読むより、よほどクヨクヨしなくなります。
おすすめです。


夢酔独言 勝 小吉


0 件のコメント:

コメントを投稿