2014/11/12

第35冊 成りあがれ!ナマグサ坊主忍者医師 『全宗』


全宗 火坂 雅志


恥ずかしながら、全宗という人のことは
サッパリ知らなかったのですが、

「信長の比叡山焼き討ちから命からがら逃げおおせた僧で、
その後、かの有名な曲直瀬道三のもとに弟子入りし
漢方医学を学んだ後、秀吉の主治医兼ブレーンとして活躍」

……と駆け足で省略しても面白い経歴なのですが、
本作では、その全宗が実は忍者の出であった、という、これまた
ユニークな着想からスタートしております。

「医術を足がかりに出世、当時の権力の中枢近くまで
上り詰めた」という意味では ある意味、弓削道鏡やラスプーチン
と同列に語られるのもやむなしですが、彼ら二人と、この小説で
描かれた全宗の決定的に異なる点があります。


 道教やラスプーチンが祈祷の力をもって病を治して権力者の心を
つかんだのに対して、全宗は当時の日本の正統医学である漢方を
つきつめて得た、オカルティックな要素を排した技術と、おのれの
智謀とで成りあがっていく点です。


そのあたりが、この小説の真骨頂でありましょう。


印象的だったのは、途中、全宗が師である曲直瀬道三に言われ
漢方を処方する際に、その場でわかりやすく効果が実感できるよう
処方をいじる「狡さ」や、もはや救えぬとなればアヘンによる除痛
さえ厭わず、また、それで大金をせしめても当然とするある種の「強さ」。


これを読んで思いだしたのは、『陋巷に在り』の医鶃という医者。
→第13〜26冊+α 顔回と孔子の呪術的世界『陋巷に在り』
あれもアクの強い医者でしたが、こちらも負けず劣らず。


ものすごく悪い奴(笑)なのに、医術への思いだけは真摯だったり、
年下の女性に惚れてぐらつくような、突然純情な面も見せたりする、
そんなあたりも本作の主人公の魅力ですが、そうした面と、秀吉の
ブレーンとして振る舞う点とが地続きになっているのが、本作の
魅力です。


上述の全宗の懸想する「年下の女性」の描写が、清楚なのになぜか
エロティックですが、この恋は、最強の恋ガタキに阻まれます。
そのことを、歴史的事件と結び付けていく流れなんか、素敵です。
ま、このへんは読んでのお楽しみ、ということで。


全く余談ですが、知恵袋の場合はブレーン、単純に脳を現す場合には
ブレインと書く場合が多いのは、何なんでしょうね。

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