2015/04/09

第67~71冊 脊椎動物五億年スケールの夢から育児論へ 『胎児の世界』~『赤ちゃんはいつ人間になるのか』


Amazon.co.jp: 胎児の世界―人類の生命記憶 (中公新書 (691)): 三木 成夫: 本

二つの「ショック」、と『胎児の世界』


私が子供のころ。
母が流産をしたことがありました。


弟になるはずだった胎児の姿を、
私は直接見ることはありませんでしたが、
実際に見た父から、まだ人のカタチに
なっていなかった、という意味合いのことを
聞いた時には、何を言っているのかはいまひとつ
分からなかったですが、たいそうなショックを受けた
記憶があります。


当時の私は、赤ちゃんというのは、
人間の小さいのがどの時点からかよく
わからないけれどお腹の中に宿り、
そのままある程度大きくなったら出てくる、
というイメージだったからです。


その後、何かの本で、カンガルーの
赤ん坊の姿と、人間の胎児のある時点の
姿がよく似ていることを知り、さらにショックを
受けました。


「全然人間っぽくないぞ?」


と。

それからだいぶ後、タイトルに惹かれて
購入したのが『胎児の世界』。

私の二つのショックを掘り起こし、
生命現象そのものへの深い興味を
かき立ててくれた本です。

生物学? 哲学? 全部だ!


『胎児の世界』は、胎児が発達していく
過程で脊椎動物の進化の歴史を
繰り返していく、という話を軸に、
生命そのものに深く刻まれた進化の
記憶、というものの姿を語って見せます。


本書は、部分部分にご自身の緻密な
研究観察の成果がちりばめられつつも、
科学的に実証不可能なレベルの壮大な
思索を展開してみせている点で、
科学入門書というよりは哲学書や詩集、
エッセイ集に見えます。


著者の三木成夫さんという方は、
解剖学・発生学の研究者でありますが、
それらを貫いて響く「三木生命哲学」とでも
言うべきもののおかげで、とかく無味乾燥に
なりがちな解剖学・発生学がつながって、
輝いて見えてきます。


かの吉本隆明さんもこの著者のことを知って
たいそうショックを受けた、と『心とは何か』で
書いていました。

Amazon.co.jp: 心とは何か―心的現象論入門: 吉本 隆明: 本



でも、私がこの本を推すのは、そうした
筆致に垣間見える、三木成夫さんの、
知の探究者としての狂おしいほどの情熱……
手早く言ってしまえば「マッドサイエンティスト」の
発する「空気」ゆえです。

 いったい、生物はどうしてリズムを知るのか。たとえば、女性の排卵は月の公転と一致して、左右の卵巣から交互に一個ずつ体腔内に排卵されるが、 この暗黒の体腔のなかで、かれらはいかにして月齢を知るのか。その観測はいかにしてなされるのか。かれらは、たとえば、感覚器官の潜望鏡を体腔から外に突きだして、しげしげと月を眺めているのか。   
 この問題は、魚鳥が移動するとき、その時刻と方角をいかにしてキャッチするかという問いに集約される。羅針盤も 天体儀ももたないかれらが、時節到来とともに故郷と餌場の方向に正確に頭を向けて出発する。どのようなからくりがそこに隠されているのだろう? 
 とくに戦後の生物学はこの問題に真剣に取り組み、数多くのメカニズムを神経生理学的に解明してきた。しかし、その絶妙のメカニズムがわかれば わかるほど、ますます謎が深まっていくというのは、どういうことなのであろう?この問題の指針はただ一つ、それは、卵巣とは全体が一個の「生きた惑星」で はないか、ということだ。いや、この地球に生きるすべての細胞はみな天体ではないのか……(改行引用者)

何となく、言いたいことは伝わりますでしょうか。

科学と哲学が今よりずっと未分化であった19世紀の
趣があります。いや、バカにしているわけではなく。

科学が事象を細かく分けて分析していく緻密さ・精確さ
を増していくにつれて、なかなかこういう文学めいた
切り口で書かれた本にはお目にかかれません。



内臓とこころ (河出文庫): 三木 成夫


こちらは更に一歩。

人間のこころの発達に、内臓の状態がどう
関わっているか、ということを語った一冊。

排泄や空腹といったものを通じた
快不快というものがこころを育んでいくのだ、
という、生理学と心理学を結び付けようという試みで、
これがまた面白い。

講演記録をもとにしたものなので、『胎児の世界』とは
また違う三木節の面白さが際立ちます。


そして、マッドな弟子へ。


そして三木成夫さんの謦咳に接したひとりで
歯科医師の西原克成さんは、この三木さんの
「マッド」っぷりの継承者、かもしれません。


その西原克成さんが育児に関わる本を
書いています。

赤ちゃんはいつ「人間」になるのか―「育児常識」は危険だらけ: 西原 克成: 本


赤ちゃんを、

 「人類に至る進化の歴史のまだ途上に
 ある生物として見る」

という視点にはちょっと驚かされますが、
例えば、赤ちゃんは、口で乳を飲みながら呼吸をできるが、
大人はこのようなことはできない、という話が出てきます。

実はあらゆる哺乳動物の中で、ミルクにむせかえったり、
あるいは食物が喉に詰まって窒息するというのは人間、
それも成長した人間だけに特有のことなのです。実際、
イヌやネコは赤ちゃん同様に息継ぎせずに餌を食べ続ける
ことができます。赤ちゃんの喉の仕組みは、実は、このイヌや
ネコ、サルなどという動物の喉と、あまり変わることがありません。
つまり、赤ちゃんの喉は、まさに「人間以前」であるわけです。(p22)

といった話を皮切りに、子どもの鼻呼吸をシッカリ体得させる
ことが、子どものその後の人生での健康を維持増進するために
いかに重要か、そのためにはどうすべきか、という論展開に
つながっていきます。

この話のスケールの広がり、さすがと言うべきでしょうが、
この本は西原本の中ではかなりおとなしい部類に属するもので、
例えば、

「心肺同時移植を受けた患者は、すっかりドナーの
性格に入れ替わってしまう」

……という事例を引き、内臓こそが心の本体(?)で
あるとした本がこちらです。



内臓が生みだす心 (NHKブックス): 西原 克成: 本


……で、内臓とこころの相関関係という、師匠から
受け継いだテーマそのものもなかなか面白いのですが、
この本の中に、重力対応進化論という、重力との相関関係によって
生物が進化してきたのだ、というかなり面白い説が出て来ます。


 生物は重力が進化させた―実験で検証された新しい進化の法則 (ブルーバックス): 西原 克成: 本
 
こちらの本では、その重力進化論を実証するためにサメを地上に
引き揚げてむりやり肺呼吸に切り替えさせる
ような実験をしたり……みたいな話もあり、その筆の
オーバーヒート気味な感じがまた、科学書としての価値を
危うくしながらも(笑)、未知の世界へ独自理論で切り込んでいく
気持ちよさのようなものを感じさせ、何とも言えぬ魅力を
醸し出すのです。


師弟ともに、その論じるところは、現在の厳密な科学的検証に
耐える理論か……という点に関しては、ちょっと留保の必要ありかとは
思いますが、その危ういラインというのは、ある意味でまだ珍説奇説が
舞い踊ることのできるフロンティアでもあるわけで、そういうのが
好きな方には、ぜひご一読をお勧めいたします。

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