2015/01/27

第52冊+α 撃墜王vs.航空技術者 技術論なのに生きざまを問うてくる 『零戦の秘術』

いよいよ最後の質問である。
「果たして坂井三郎は左捻り込みで何機墜としたのであろうか」
私は答えを予想していた。
坂井とは長い付き合いである。少しずつ、 少しずつ、私は
この答えに近づいていた。

そして質問をする頃には、答えを知っていると確信していた。
それだからこそ、この質問をするのが怖かった。(p362)

 

生き延びた英雄



零戦の秘術 加藤 寛一郎


坂井三郎、という、第二次大戦において活躍した
大日本帝国のパイロットのことをご存じでしょうか。
月並みな言葉になりますが、大戦初期~中期の
代表的なエースパイロットのひとりです。


おもに海軍のパイロット時代のことを書いた
『大空のサムライ』という著書は、国内はもちろん、
翻訳されて海外でもベストセラーになっています。


大空のサムライ―かえらざる零戦隊: 坂井 三郎

少々、辛口すぎたりするもので、毀誉褒貶も激しい
ようですが、まあ、聖人君子だって悪いところを
クローズアップすれば極悪人に見えるもんです。


撃墜数もさることながら、 とんでもない激戦や
苦境を経ながら、本人だけでなく僚機も落とされずに
無事に生還してきた、ということが、戦争を知らない私に
とっては驚異なわけですが、この本では、確率論を超えて
坂井が生き延びてこられた理由の一端が、感じられます。


元ネタをさぐる旅の果てにいた、マンガみたいな人

私が坂井三郎のことを知ったのは、戦史とあまり
関係のない路線から、でした。


1990年代に、『無責任艦長タイラー』に始まる
「宇宙一の無責任男シリーズ」というSFシリーズが
一世を風靡しました。


当時は、ライトノベルという言葉は、ほとんど
広まっていなかったですが、その先駆けだった作品です。


小説そのものも面白かったのですが、既存の小説、マンガ、
映画、そして実際の戦史をモデルにしたパロディ等が多く
盛り込まれておりまして、当時の私は、まあ、その元ネタを
さぐるのも面白かったわけです。


そこに登場した、コジロー・サカイという 宇宙の戦闘機乗りが
まぁ、べらぼうにカッコイイわけなんですが、そのモデルが
坂井三郎だったのです(ついでに記すならば、コジロー・サカイ
を主人公にした外伝のタイトルは『大宇宙(おおぞら)のサムライ』
でした)。

大宇宙(おおぞら)のサムライ―コジロー・サカイ疾風空戦録 吉岡 平


……で、上記の『大空のサムライ』に行きつくわけです。



昼間の星が見える目をつくる


『大空のサムライ』は坂井三郎の自伝なわけですが、
この坂井三郎のものの考え方やエピソードというのが、
まあ、非常に面白いのです。


コジロー・サカイは架空の人物ですが、坂井三郎は、
ほんとにこんな方が実在したのか、と呆れるほどに、
まるでマンガ。


職人気質というか、空戦で勝つ、生き残るために何をするか、
懸命に考えストイックに努力する。


・鉄道に乗っている時は、窓を通過する瞬間に機銃を
 発射するつもりで手を動かして反射神経を高める
・目が効くように訓練し、結果、昼間の空でも星が見えるようになる
・メンタルを強くするために極限まで水の中で息をこらえ続ける

などなど。

そんな訓練の果てに、自分より視力が高い人間よりも
早く敵機を発見する超感覚を習得してしまった話や、
負傷して今の自分の位置もろくにわからない状態からラバウルに
生還する話
など、まあとにかく並みの小説ではかなわない、
迫力のあるエピソードが続きます。


未読の方はぜひご一読を。

「秘術」はどうやって生まれ、どうやって使われたのか


で。
前置きが長くなりましたが。


今回ご紹介する『零戦の秘術』は、そんな坂井三郎に
著者、航空技術者・科学者である、加藤寛一郎が
航空技術者ならではの視点で坂井の離れ業をじわじわと
解明しつつ、彼がなぜ生き延びられたか、ということを
考察する、そんな本です。

物事すべて、苦労は先にしろ。
みんな、何とかの知恵はあとから出ると言って、そのときに
なってから行きあたりばったりは駄目で、結局、真剣勝負と
いうのは先手必勝なんです。(p100) 

……という坂井らしく、実に緻密な考えの上に、自分を
鍛錬し、そして、生き延びています。

なぜ左捻り込みという技術が、いざという時に生き延びる
ための「秘伝」たりうるのか。

また、その技術の何がすごいのか。

それを習得するために、パイロットは何をしたのか。

そして、その技術を、坂井はどのように「使った」のか。

……といった疑問が、訊ねる加藤と答える坂井との連携によって
じわじわと氷解していくさまは、ある種の推理小説のようでもあります。


例えば、坂井の秘術である、「左捻り込み」。


敵機からは突如、坂井機が消えたようにすら思えるこの超絶技巧に
求められるのは、失速せず、かつ、より小さな旋回半径で
機を操ることのできる、精妙極まりないギリギリの線での操作。

速度と姿勢のどちらかがずれても、操縦不能か空中分解が起こる。(p208)

航空力学の観点と実際のパイロットである坂井の証言をつき合わせながら、
その技術の正体をじわじわと明らかにしていきます。


この本が、

 「学者の書いた小難しい、退屈な技術論」

に終始してしまわないのは、著者加藤が坂井の技術を理論的に
解剖していくだけでなく、、「秘術」やその使い方が、坂井三郎の精神性とは
切り離せないものであることを明らかにしていき、また、その坂井の精神に
著者が心酔している「熱」が伝わってくるからだ、と思われます。


いわば、技術の中にはその人自身の個性が、血が流れている、という、
その脈動を感じさせてくれるような本なのです


……ということで、冒頭の引用部の著者の質問に対する坂井の答えは、
この本のキモの部分ですので、ぜひ、本書を読んで、最後に「ええっ」と
思っていただければ幸いです。そこだけ先に読むと、いまひとつ、
響かないのでは、と思うので、ぜひ順を追って。


一度読んで、妙に印象に残ったフレーズで、今日のところは、さようなら。

パーンとロールを打たなきゃならん。(p43)

余談ながら、坂井が操縦していた零戦の設計者、堀越二郎
(宮崎駿の『風立ちぬ』主人公のモデルですね) も坂井の回想の中に
登場しますが、「正月早々、坂井の家に電話してきて、新年のあいさつも
なしに零戦を操縦していた時の感覚について質問してきて、自分の仮説に合った

答えを聞くや、礼を言ってすぐに電話を切った」というエピソードが、さすがだな、
と。

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