2015/02/10

第58冊 読むたびに仕掛けに気付く、ネタ&メタづくし小説 『屍者の帝国』


 「あんたは、生命とはなんだと思う」 
笑い飛ばされるかと思ったが、振り返ったバーナビーは不思議そうな顔で淡々と告げた。 
 性交渉によって感染する致死性の病」

屍者の帝国 (河出文庫): 伊藤 計劃, 円城 塔


メタづくしの帝国


いまここにある命をこじらせている、わたしやあなたに
おすすめの一作です。


死体にネクロウェアというプログラムを書き込んで
「屍者」として労働させる技術が発達した、架空の
19世紀の世界を舞台にした物語。


夭逝した伊藤計劃(わたしのブログ筆名の元ネタですね)の
遺したプロローグとA4ペラ一枚のプロットを元に、同時期に
ハヤカワでデビューした円城塔が完成させる……という、
亡くなってしまった作家と、存命の作家のコラボという点が
この作品のテーマとも響き合い、メタ的に読めて、ああ、
あざといな、と(いや、褒めてるんですよ)。


『ドラキュラ』に『フランケンシュタインの怪物』、
『カラマーゾフの兄弟』に『風とともに去りぬ』、『未来のイヴ』、
等等……の作品を読んでいるとなお楽しめる色々な小ネタが
満載なので文学オタにはたまらないものがありますし、
『007』シリーズへのオマージュなどもあります。


19世紀の世界情勢や医学史などをぼんやりとでも知っていると
なお楽しい仕掛けが満載です。


エピローグで、主人公のその後がどうなるか、
というあたりでは、やっぱりとニヤリ。


また、情報科学の歴史をちらりとでも知っていると、
バベッジマシーンが海底ケーブル等を用いて相互に
ネットワーク化されているスチームパンクな世界観も
また愉し、です。きっと、この世界ではニコラ・テスラの
提唱する全世界システムは実現されるのでは、などと
妄想が止まらなくなります。


まぁ、悪く言えば衒学的で中二病的とも言えますが、
仕方ないじゃん、そういうの好きなんだから(笑)。


肉体で考える、という「別の解」




個人的に注目したいのは、作品中では悩める主人公の相棒、
コミックリリーフで肉弾戦担当の英国軍人バーナビー。


主人公には粗野で思慮に欠けることをさんざん揶揄されていますが、
本記事の冒頭、主人公との問答でもわかるとおり、なかなかどうして、
頭の回転の早い人物です。論理的積み重ねよりは直観で答えを
ブチ抜く類の頭の良さですが。


人造人間やら屍者やらがひしめく中で、生身の人間であるはずの
彼の方が超人に見える、ってのが凄い。主人公一行の中では唯一
「実在する人間」をモデルにしているはずなのに。


第一部で、主人公たちがアフガニスタンの中で目的地にたどり着くのは、
結局、バーナビーの直観&棒倒しのおかげですし(笑)。


頭でアレコレ悩む主人公に対して、「身体で考える/動く」バーナビーの
存在があることは、主人公たちの旅を救っています。


また、彼の行動様式そのものが、最後に主人公が為す重大な選択に
対してのアンチテーゼ
にもなっているように思えます。


私自身は、意識なるものは身体性と切り離すことは
困難だと思っておりまして、「身体で考える/動く」
バーナビーは、主人公がたどりついた意識や魂に
ついての思索とは別の結論を提示している
存在に見えるのです。


……とまぁ、そんな風に色々に読める仕掛けが
満載の小説です。


本棚に置いておいて、損はないと思います。


今年アニメ映画になるそうです。なまじ好きなだけに、
期待と心配が入り混じりますけれどね。





余談。

本作の「元ネタ」としても重要な『フランケンシュタイン』と
『ドラキュラ』は極めて近しい人たちが書いた物語で、
フランケンシュタインの作者メアリ・シェリーと、ドラキュラの
実際の作者ポリドリは、スイスのレマン湖のほとりで、
詩人バイロン卿の提案でそれぞれの作品を書き上げた、
と言われています。

参考:ドラキュラとフランケンシュタインhttp://flash.dojin.com/ssplanning/byron/d_f.html

リンク先にもある通り、このバイロン卿の娘エイダが、
コンピュータの元祖とも言われて情報科学の歴史の
最初の方に登場する「バベッジマシーン」の開発に協力して、
「世界初のプログラマー」と讃えられていて、こんな狭い
交遊範囲の中がネタの宝庫ってのはすごいもので、
作家ならぬ我が身でも、何か小説の一本でも書きたくなります。

0 件のコメント:

コメントを投稿